素晴らしい免疫

たまには、世の中の出来事を楽しく明るく書こう。
10分で書いてやる。

 

ワクチン開発が待たれる、っていうけど。

ワクチンが開発されて流通したとしても、それはあくまで「かかっても大丈夫な体にするよ、万が一かかっても先に予習しといたから大丈夫、まかせて!」っていう、いわば強気になるってことでしょ?身体が。

それはつまり、ウイルスをなくすことではない。

「あること前提に、みんなで予習しときましょう」これが、いわゆる免疫を全人類が得る、つまり、ウイルスはそこら中に蔓延してるけど、それにかかったかどうか分からない状況にみんながなりましょうってことよね。

封じ込め作戦をするってことは、ウイルス自体は蔓延させる。

でも人間は閉じ込める。
むしろ人間封じ込め作戦だな。ロックダウン。

 

人間が封じ込められているうちに、ワクチンを作って、みんながかかっても大丈夫な予行練習のための準備をしときましょうってことよね。

ワクチン接種って、そういうものじゃないの?

だって毎年冬に打ってるワクチンも、「打ったけどインフルかかった(泣)でもおかげで軽症で済んだー!」って、みんな得意げに言ってるじゃん。

 

例えば、人間を封じ込めることで、確かに人から人への感染はぱったりとなくなるでしょう。

でも、その人間の周り、自然界には当然のごとくウイルスはいらっしゃいます。

ウイルスは、人が少なくなり人に感染させることが困難になる。

でも、また人間封じ込め作戦が終われば、また嬉々としてウイルスは人を受け入れるでしょう。

今がちょうど、その時なのです。

人がいっぱいいるから、ウイルスは人を受け入れ喜んで人の中に入り込む。

 

そして、また人間封じ込め作戦で人が少なくなれば、ウイルスはいるけれども、うつす人がいなくて困ってしまう。

感染する人が少なくなれば、また人間が外界に出ていき。
またウイルスは嬉々として、人を受け入れるでしょう。

でも、また人間封じ込め作戦で。。。

 

その繰り返しの中で、ワクチン接種という予行練習、予習を人間がすることで、ウイルスが人に感染させようと忍び寄る。

そして人の中に入り、その身体を蝕もうとするのだけど、その身体は予習ばっちりなので、入ってきた敵と楽々戦ってくれる。

その中で、ちょっとした症状(風邪だと鼻水、咳、熱?)が出る。
これが免疫スィステム。

 

打ち勝とう、ではなく、いるけど無視!全然気にならへんな状態にすることが、ワクチンの目的なのかな、とってもわかりやすい。

もちろん身体は知らぬところで静かに頑張っている。
応援すべしは己の身体。

重症化せず、無症状の若者を科学の力で物理的に増やそう作戦ってところか。

そうです、ワクチンを接種すればするほど、無症状の若者状態が増えるのです。

だから、経済も元気に回っていくでしょう。

本当は、かかってもすぐに治る特効薬が欲しいんだけどね。
そんな都合のいい特効薬なんてこの世にはないよ。

せいぜい身体を鍛えて、我々の身体が頑張ってくれるのを待つしかないね。

それなら、ワクチンをただ待ち続けるよりも、健康な身体作りをしといた方がいいんじゃない?

いつまでも、他人に頼るんじゃなくてさ。

どこかの国が実践してる、「みんなで免疫を獲得するため、普段通りの生活をしよう作戦」と、「ワクチン普及を待ちましょう作戦」は、根本的なところは同じに見える。

違いは、ぶっつけ本番で臨むのか、予習をしてから本番に臨みましょうなのか、それくらいか。

同じはずなのに、やってること(アプローチ)は大違い。
かかるお金も大違い。

本当は、何をやっても同じところに行きつくはずで、それを多くの人が分かっているのに、あえて別の角度から見せられている気分。手品のよう。

さてさて、手段は何にせよ、早く人類が免疫を得られるといいですね。