友達の婚活から考える、今の日本社会

1年ぶりに会って来た友人。私を怒らせた友人だけど。

彼女は、ただいま将来のパートナーを探し中である。

しかし、そこまで具体的に行っていないところで止まっている。

もちろん、それまでも今風な個人的お見合いのようなものをやって来たけど、どうにもピンとこず。

新しい仲介所に登録するのに必要な写真を撮る段階で、足が進まないらしい。

 

いやはや、分かる。が。

いや、そもそも彼女は、結婚活動をやることに積極的になれないのだという。

でも、じゃあなぜ?と問うと「せざるを得ないから」、という何ともよく分からない答えが返って来た。あと、将来後悔しそうだから、とも。

そりゃ、自分の中で絶対に幸せになる!という意思の下、行動するならともかく、
非常にマイナスネガティブな状態で、はたしてどこまで行けるのか。

 

 職業:公務員
 学歴:国立大学を卒業
 性格:しっかり者、落ち着いている

 

これだけの、優秀な可能性を秘めた友人だけど、確かに恋愛という言葉だけが、どうも似合わない。

堅実な、良妻賢母なイメージは簡単にできるも、恋愛みたいなフワフワしたものが、まるで似合わない。

だからまあ、相談所的なところに登録するというのは、ある意味彼女には合っている。

 

しかしながら、どうして、今の世の中は、全てを自分一人で行わないといけないのか。

本当に個人主義な時代が到来したものだと思う。

昔のような、縁だとか、知り合いの伝手というものは、ほぼほぼ消滅してしまった。

仕事もパートナーも、全て自分で自分の責任で、探してゆく。

まあ、女でも仕事が探せる時代になったということは、前進だと思うが。

 

一見すると、本当に自立できた人間にしか相応しくない社会が、今の世の中である。

あのね、ここしばらくの、障害をもった人や、何かしらの症状だとか、精神疾患だとか。

そういうものを持っている人に対しての事件だとか、差別だとか。色々あるけど。

別に、そういう気持ちを持ってもいいと私は思っている。

日本という国、一応教育として、差別はいけないことだと学んできているから、公の場では、そんなことはあってはならない。

しかしだ、心の底で何を思い、何を抱いているかなんて、分からないでしょ。

いくら日本が熟しきった社会(先進国)といえど、そういう人たちや、自分より弱い者に対するいじめの感情が100%無いなんてことは、ありえない。

 

今の世の中を見てみて。

強者が弱者を虐げる構図が、当たり前のようにできているでしょ。

そんな中にあって、やれ障害者を守ろうだとか、弱者を保護、失敗者を暖かく見守ろうなんて、できると思います?

もし、皆が、心の底からそういった人も平等、皆が生きやすい社会を形成することが大事だと思っているのならば、日本はもっと生きやすい国になってるはずなんだよ。

皆が他人に無関心、というよりは、自分含めた大事な人とだけ関わって生きていたい、
そのために、それ以外の人から持ち込まれるトラブルはちょっと勘弁な時代。

・・・なんか、いろんなことが虚しく響く。

こんな時代、まるで知らない他人を心から信じられますかって話。

私は正直、他人となんて、暮らしたくない。。

深く付き合う他人という生き物が、正直怖い。

 

でも、何か、道はあると思う。

だって、そんな自立ができた人間が、そんなに多いとは思えないから。

なんだかんだ、適当に流されて、時に抵抗して、不器用にしがみついて生きているのが、実情。

何かを嘆いたところで、結局進みはしないのね。。

 

それにしても、昔(多分、親世代)は、お見合い事なんかは家族が率先して情報を集め、駆け回ってたイメージがあるけど、今では、個別に行うのが当然みたいな空気。

親がでしゃばるなんて、ちょっとしたお笑い草だけど。

こういうところを見ると、日本も変わりつつあるなぁと、やはり思ってしまう。

 

それどころか、活動していることを親に知られたくない人が多数。

なんで?

なんで、こうなったのだろう。

 

いいえ、日本人は昔から変わらないか。

昔は、嫌だけど家族が推し進めてきた見合いに対して、仕方なく、な態度を取ってきて、決して積極的ではなかった部分もあると思う。

あるいは、家を出てしまったら、養ってもらわないと生きていかれない時代もあっただろうから、親も本人も必死だった時代もあったかもしれない。

しかし、やはりそこは元来シャイな日本人、積極的にはなれなくて、積極的と思われたくないからこそ、隠したい、でも孫の顔は見せたいという、謎な親を思う孝行な気持ちが存在しているのでは?

 

親を喜ばせたい。

いつだって子どもは、親の幸せを考える生き物である。

 

傷つけられた自分を思う時

しばらくぶりに友達に会ってきた。

楽しかったのよ、美味しかったし。パフェ。

楽しかったはずの午後。

でも、今、ここにいる私、何か引っかかっているのはなんだろう。

 

何かが刺さったまま、ここにいる私。

彼女に対して、腹立たしさを覚えたのだ。

それは、私の提案に、向こうが強い拒絶を示してきたからだ。

その場では、深くは追及はしなかった。

でも、それがずっと残っている。

 

――そこまで言う必要あった?とか。

――もっと言い方あるよね、とか。

 

こっちは、久々だったし、楽しみたいからこそ結構気を遣ってたのに、後味が悪いのは納得がいかない。

許せない、とも思う。

もうしばらく会うことはないだろう。

どうせ、これまでも1年に多くて2回しか会わないのだ。それぞれの感覚が違っていっても、おかしくはない。無理に合わせる必要はない。

 

この気持ちをノートに書き起こしても、疲れるのは腕だけ。

書いても書いても、気が晴れないのを私は良く知っている。

だから、最終的には暴れ倒して、身体からエネルギーを放出するのだけれど、この暑さ、これ以上消耗もしたくない。

 

だから今日は、目を閉じてみた。

イライラとしたものが、お腹のあたりでグツグツと沸騰している。

それをしばらく目を閉じたままにしておくと、次第にそれらは上へと昇って行った。

そして、目のあたりまで来たところで、涙として滲んだ。

悲しいのだ。

悲しかった。

自分に、悲しみを寄越した彼女が、憎らしかった。

せっかくの機会なのに、不愉快な思いをさせた彼女が、憎くてたまらない。

 

でも、言えない。

言いたくない。

だから、なかったことにして、また話を合わせるも、やはり悲しかった思いは、ずっと刺さったまま。それらを後になって思い出す時、悲しみの原因である傷に触れるのは、痛い。見たくない現実が、そこにはある。

注射時、自分に刺さる針を見られないようなものだ。

だからいつも、怒りをとっかかりに、触れるようにしている。これはもう、無意識にやっている作業だ。

最初は、それすらできなかったけど。

 

だからこそ、初めは怒りが先に立つけれど、本当は悲しいことを知っている。

たったそれだけのことで傷ついて凹んでいる自分に気が付く。

そんな自分に、少なからずショックを受けます。

 

大人だと思いたい自分が、あまりにも弱くて脆い自分の一面を知って、ショックを感じる。

そんな自分、見てられない。。。

 

文字にしてみよう。

 

――本当に傷ついた。

――バッサリ拒否されるのって、初めてかもしれない。

――こんなにもあっさり、でも確実に的確に「絶対に嫌」と言われたら、もうどうしていいか分からないよ。

――こんな言われ方、したことないよ。

――あー凹む。傷ついた。

――そんなこと言われて、ワタシ、かわいそう。

 

それだけ。

これ以上、書きたいことがなかった。

もう、これで全部。あっけない。こんなもんか。

 

ていうかさー

割と頻繁に泣いてる私なんだから、今更って感じじゃん?

今更傷ついて泣いても、もう何も思わないよ。

 

 

区切りの7月

なんか、少し前向きな感じに見えると言われた。

春先は、ものすごく暗かったのに、と。

 

その通り。

春先は思いっきり沈んでいたね、気持ちが。

それに比べて、今は少し前向きな気持ちが伝わって来たと、面談してくれた人からの一言。

 

この変化。

自分でも分かる。

話すとき、声がいつもより大きかった。少し砕けた口調だった。

以前なら、当たり前のように泣いていた。

今はもう開き直っている。

 

心当たりがあるとすれば、誕生日を超えたこと。

あと、オンライン上でだけど、人と話をしたこと。

真っ暗な霧の中、どこをどう向かっていいか分からなかった自分が、少しだけ方向性を見いだせたこと。

今の仕事の契約を、次回は更新しないことを告げたこと。

今までモヤモヤとしたものが、7月の今、一気にまとまってきた印象だ。

 

この7月を乗り切るか、混沌に飲まれてしまうかで、人生大きく変わってくる。

それこそ生まれは7月で、前職を辞めたのが7月だから。

私にとって7月は、何かが生まれやすく、その時の行動で大きく変わるような気がする季節なのだ。


うん。やはり、誰かと話すことで、自分がここにいるのを知ってくれる、存在を認知してくれる、のだと思う。

一人孤独に生きていても、それでもいいけど、やはり不安定さは否めない。

仕事上の相手だと、仕事を関してつながっているから、それは自分ではない。最悪、自分でなくてもいい。

やはり、もっと個人的な関係や、理解しようとしてくれる関係、他人でもいいから、耳を傾けてくれる関係って大事だと思った。

他者を感じられる人の方が強い。

死んでいくのは一人だけど、死後が一人なら、今くらいは誰かに。


そんな事情は話さなかったから、その人には「気分に波があるだね」と言われた。

 

・・・波がある。

 

ナ・ミ・ガ・ア・ル。

 

そういや確かに、卒業してすぐ出向いた職場にて、定期的に今は気分が落ちている「鬱期」が来ることを理解していた。

それはだいたい1ヶ月くらい続いた。

そして、またしばらくするとやってきて、「あー、鬱期だ・・・」なんて思っていた。

今は、そういうことをあまり自覚しなくなった。

あるいは、定期的に人と会う約束のために大阪まで行っていたから、そこで息抜きが出来ていた部分はある。

その大阪にも、もう1年は行けてないからな。

気分のメンテナンスが、ちょっと滞っていたのかもしれない。

いや、これが「コロナ鬱」というやつなのか?

 

いやいや、でも人生において、そういう不安に襲われたり、迷子になる時期くらいあるよ。

そういう時期があるからこそ、そこを抜けたら、また一枚剥けた自分がいる。成長とはそういうものだ、と自分に言い聞かせてみる。

梅雨の長雨が明けたら、恐ろしい夏が開幕するように。季節は廻ります。

 

なぜ、傷つけてまで歯ぎしりするのか

私の叔母は、現在、根管治療を行っている最中だ。

元々歯が悪く、歯医者で治療をやっていた。

歯周ポケットが深くて、歯石が奥の方までこびりついており、それを除去するために歯茎を剥がして治療をする、というのを続けていたそうな。

その間、親知らずを抜いたり、歯磨き指導を続けていたりと。とにかく歯医者との付き合いが長い2年間だったらしい。

 

しかし、ここにきて、なかなか治りの悪い奥歯を2つほど発見。

同じ治療をしても、そこの歯だけ、ポケットの深さに変化がない。

さらなる治療の段階へと進めていこうとしている矢先に、実は歯の根っこがダメになっていて、きちんと歯が埋まっていなかったとのこと。

その歯は正直、もうダメになるカウントダウンがすでに始まっていて、その前の悪あがき、じゃないけど、ちょっとでも長く温存しておくためのホスピス的治療らしい。そんな優しいものじゃないけど。

最終的には、抜歯になるらしい。

 

こうなってしまった原因のひとつとして、叔母が睨んでいるのが「食いしばり」。

20代の頃よりマウスピースを使っていた叔母だが、あまり効果がなかったらしく、今でも現在進行形で食いしばりがすごいそう。

食いしばる人の口内って、骨隆起っていうコブが大きくできるらしく、それが叔母は人並以上らしい。

この食いしばりの悪癖のせいで、歯の土台に負担がかかりまくり、それが原因で根っこすらもダメになってきている。厳しい。。

「歯ぎしり」の中に食いしばりというのもあるらしいけど、就寝中や普段の生活の中で、無意識に歯を食いしばっていることがあるらしい。

そういや、職場の上司、叔母と同年代だけど、その人もPCの前に付箋で「食いしばり注意!」と貼ってある。

それくらい、目にして意識付けしないと、気付けば顎に力が入っている。

そんな自覚、あります?

ましてや就寝中なんて、そんな意識、あるわけないでしょ。

いびき同様、知らないうちにやってしまっているランキングに入っていると思われるこの癖。

どうにかなりませんかね?

私は、どっちかっていうと、口が開いている方だと思う。それも良くないんだけど。

 

こういう、無意識の歯ぎしりさんのために、マウスピースっていうのがあるけど、歯の型を取って作るやつ。

それを歯にかっちりと組み込むことで、たしかにギリギリするような歯ぎしりは少しは防げそうだけど、

(それでも、ギリギリやろうとする顎にかかるパワーは、かっちりとせき止められている分、マウスピース無しよりすごそうに思えるのは私だけか?歯の表面的な部分は守られそうだけど、根っこの部分への負担は増しそうだ)

嚙みこむように食いしばる歯ぎしりさんには、あんまり効果が得られなさそう。

かっちりさせている分、より無駄なく力がピンポイントに入りそうだ。

ブレている方が、なんとなく力が分散されるイメージ。あくまでイメージ。

 

個人的には、歯を守るだけなら、プラスチックなんかの固めな素材よりも、ティッシュを分厚く丸め、上の歯と下の歯の間に挟んで寝るだとか、シリコンのような素材でできた衝撃吸収型の、分厚いナタデココみたいなマウスピースの方が良さそうな気もするけど、それは安易な発想なのだろうか。

それにしても、加わる衝撃は変わらないか。

結局は、食いしばった衝撃は逃がせない。

食いしばることへの、根本的な解決策には、なりそうにない。

 

では、どうするのがベストなのか。

叔母も探している。

そんな叔母を見て、私も探している。


そもそも、無意識で食いしばってしまう原因は何なのか。

結局、原因を探すしかなさそうだ。


覚醒状態なら、意識づけをすることが大事だと思うけど。

無意識に勝る意識はないのが、私の持論。

しかし、それでは、睡眠中の無意識は?

ほら、やはり、無意識に勝る意識なんて、ありはしない。

特に、睡眠中の歯ぎしりが手に負えないという。

 

そもそも、寝ている時って、リラックスしているはずなのに、力が入っているって、どういうこと?

ストレスが原因第一位だと言われる歯ぎしり。

こうは考えられないだろうか。

歯をギリギリやったり、カミカミすることが、身体には悪いんだけど、身体にとって、それをすることが一種の救済、そういう風に考えられないか?

身体には良くないけど、アルコールを飲むことで、一日のストレスを忘れよう、みたいな。

甘いものでもいいけど。

甘いものを食べてると、怒りを和らげると巷では言う。気付かせないというか。

感覚麻痺だよね。

 

それと同じように、歯をギリギリすることで、昼間のストレスを忘れさせようって寸法だ。

そういえば、ストレスとか、恐怖とか、そういうネガティブな感情って、身体を震わせることで、外に逃がすって話を聞いたことがある。

それと同じじゃない?

感情は筋肉を動かすことで、外へと逃がす。

だから、怒りや悲しみは、手を動かして紙に書けばよいと言われるのだ。

私はよく、家の中でエア殴りをしているよ。地団太も踏む。

でも、いつもじゃない。やっぱり、見て見ぬふりしたい時もある。いちいち反応していたら、身がもたないし、時間も取れない。

 

それを昼間に出来ればいいけど、抱いているストレスやネガティブな感情に気付かないまま布団にダイブしてしまう人は、寝ている間、口が代わりに筋肉を震わせることで、解消しようと「してくれている」のだ。

ありがたいと思え。

アナタが起きている間にやるべきことを、代わりにやってくれているのよ。

身体が犠牲になってくれるおかげで、アナタはその分、楽を得られている。

 

そんな、根拠もない仮説。単なる妄想。

信じてもいいし、信じなくてもいいけど。

ストレスが原因の多くと考えられているのなら、その解消を目的に動いてみるのが正しそうだ。

 

皮膚科は盛況のようです

皮膚科に行ってきました。

その日は金曜日。昨日だわ、つまり。

お昼前に予約していったのだけれど、すでに待合室に人が。

そこはこじんまりとした皮膚科で、3階構成になっている建物。

診察室が、それぞれ2つずつあって、実は内科と併用してたりするのだ。

 

待合室は、椅子が3つほど。

だから、受付のある1階の待合室の定員がオーバーしたら、2回の待合室で待機し、

人が減ってきたら1階に呼び戻されるというシステム。

平日のこんな時期だというのに、皮膚科は大変盛況なようです。

とにかく、人が入っては出ていき、出ていっては入ってくる。いや、出ていかなくとも入ってくる。

しかも、診察は短時間で済むから、とにかく回転率が速い。

立ち替わり入れ替わり、この速さは、うどん屋のよう。

 

夕方は子連れの親子が多かった前回と比べて、昼休み前の時間なので、子どもはおらず。

代わりに制服姿のOLやら主婦、高齢者が多い。

一体、何の診察に来ているのだろう?

マスクしてるから、ちょっと分からない。

 

私はニキビのお薬をもらいに行ったのだけれど、おそらく多くの患者が皮膚疾患の
診察だと思われる。

肌荒れ、痒み、乾燥、いろいろあるからね。

不況になっても、皮膚科は儲かると思う。

ストレスが積もれば積もるほど、多くの人は身体、皮膚に分かりやすく出るから。

身体はともかく、顔の発疹なんて目立つからね。

今はマスク荒れなんてのもあるから、とにかく皮膚科は盛況でしょう。

子どものアトピーとか、そういうのも増えてるって噂だからね。

歯医者もいいけど、歯医者は数が多すぎる。

その点、皮膚科はそんなに乱立はしていない。

皮膚の専門医を目指してみるのも、いいのではないでしょうか。

 

ちなみに、ニキビの具合は良好。

また同じ抗生物質入りの塗り薬を出してもらって、それが終わったら、抗生物質なしの
塗り薬を処方してもらえる予定。

だいたいトータルで3ヵ月ほどその塗り薬を塗って、あとは弱めの塗り薬を塗っていけば、いい感じになるそう。

強い薬は副作用も強いのだそうだけど、私にはなんともなかった。

肌は強い方ではないけど、決して弱くはなかったらしい。


診察中、先生は「真面目ですね」と唐突に言い放った。

「先生は心が読めるのか?」と疑ってしまったため、「え、なぜ。」と問うと、「この薬は毎日きちんと塗ってないと効果が出ないのですよ」と。

ええ、そりゃもう、毎日塗ってましたがな。

だって、早く綺麗になってほしかったんだもの。塗るでしょ普通。

だけど、それができない怠け者もおるみたいです。

 

この薬を塗っただけで、心の乱れによって、あんなにも噴き出ていたニキビが、こんなに大人しくなるなんて。しかもホルモンによる肌荒れもセーブよ。

こんな簡単にどうにかなるのなら、さっさとお医者に行けばよかったと、毎回思うのは、いつものことです。

 

懐かしい本、読んでみる(獣の夢)

懐かしい本、読んでみる。

 

今からおよそ10年前、20歳くらいの頃に読んだ本を、10年経った今の私が読み直す。

実は色々、結構は本は読んでました。

今では、あまり小説は読まないけれど、適当に楽しく読んでいた、そんな学生時代。

 

個人的に好きな作家である中井拓志氏の小説を。

 

・獣の夢

 

9年前、小学校で起きた所謂「猟奇的事件」をなぞるかのように、再び同小学校で死体が発見されるという怪事件が!

そして、その事件が起こることを、9年前に12歳だったキーとなる少女は知っていた、というストーリー。

1995年から9年後だから、再び事件が起きたのは、2004年ってことになる。

1995年くらいの頃って、パソコンがちょっとずつ普及を見せたくらいの時期かしら。

windows95ってあるくらいだから。そこからおよそ10年後には、一家に1台のパソコンがある家も珍しくなかった時代。

私の小学校高学年~中学生時代は、まだ携帯電話を持っていない子が多く、「帰ったらチャットね」なんて言葉も飛び交ってたくらいだから、おそらくその時代。

2000年前半ってところ。

 

9年前の事件も、いろんなサイトが作られ、一部のユーザーに神格化されていたみたいで。

それが、今回の事件の鍵でもあるんだけど。

要はさ、インターネットができたから、おかしな思考や世界観を持った人間が生まれたのでなくて、インターネットっていう狭く開けた世界ができたからこそ、これまで自分一人がこっそり抱えていた世界観や考え方が、共有できるようになったんだよね。

そうしたら、そこで仲間が集まって、盛り上がっちゃうわけだ。

しかも、この本の中の世界では、そうした世界がアンダーグラウンドとして存在していることを、メディアが「なんということでしょう!」なノリで、白昼堂々と報じてしまったから、関わりのなかった人達までもがアクセスするようになって、ますます混乱を極めていく。

読んでいる読者は、「アンタ等メディアが、誘発、炊きつけてるせいやん」って、誰もが思ったことでしょう。

こうして「獣」という意識の集合体というか、雰囲気みたいなものが、どんどん広がっていく、そういうお話。

 

大学の頃に読んだときは、動きはないけど勢いがある、おもしろい話だったなぁ、てなくらいで終わらせてた。ストーリーも正直、覚えていなかった。犯人すら、記憶から飛んでたしね。

改めて10年越しに読むと、いろんな時代背景や、今の時代のことも含めて、考えられた。

こうして文章にしているせいもあるけど。


私が読む本の多くって、メディアがどこまで報じるべきか、っていうのがよく出てくる。

現実としても、確かに事実を事実として伝えるのが正しい在り方。

しかし、それによって触発される事件も多い。

模倣犯が増えて、解決を妨げる恐れもある。

 

この本ではない同著者の別作品にも、そういうことがあったし、現実としても、著名人の自殺をどこまで報道するか、っていう課題もある。

まあ、ワイドショーがやってるのは、あれは報道なんかじゃなく、エンタメですけど。

 

はて、真実を伝える義務感って何なんですかね。正義感?

目立ちたいの間違いでは?

 

とにかく、そんな感じで、収集のつかない事態に陥っていくミステリーです。一応ホラー文庫から出てるんで、ホラーミステリー

この本は、中井氏の著作の中でも薄い部類に入るので、とっかかりには良いですよ。

 

祖父の記憶

じいさんとの記憶。

 

7月はね、誕生月なんですよ。

正直、最近は梅雨が7月にまでなだれ込むせいで、すっかり梅雨=7月なイメージになりつつあって残念だけれど。(七夕はよく雨が降ってるし)

そんな7月、地味な7月に。突如。

祖父母のことを思い出してみようと思った。

来月はお盆だし。プレお盆ってことで。

 

父方の祖父母は、割と近所に住んでいて。

日曜日は、よく祖父母の家に行って夕飯を食べていた。

時刻はだいたい18時ほど。

食事中、いつもちびまる子が流れていたから。

そして、毎週だったかは分からないが、祖父は我々孫にお小遣いをくれた。

500円。私は100円玉で、弟は500円玉で。

そして、本屋にもよく一緒に入った。

私ら孫だけじゃなく、両親もついでに買ってもらっていた。

 

そして、習い事のお迎え。

小学生の頃はピアノ教室に行っていて、だいたい帰りは19時頃になる。行きは一人でも自転車で行けたけど、帰りはじいさんが自転車で迎えに来てくれた。

暗くなった帰りは、いつも懐中電灯を持ってやってきた。

片手で懐中電灯を逆さに持って、後ろ(私の方)を照らしてくれるの。

そんなことしなくても、私の自転車にだってライトくらい付いてるのに、わざわざ。

その当時は、気にも留めなかったけど。

おかげで、じいさんの姿がよく見えた。

 

道中、スーパーがあったから、いつもそこで私と弟の分のお菓子を買ってくれた。

大人の今でも躊躇するような、まあまあ高いお菓子もカゴに入れてたと思う。

お菓子を買って、そのまま家へと届けられて、そこからじいさんは家へと帰っていく。

いいじいさんでしょ。

 

私、母親と買い物に行った記憶より、多分じいさんと買い物に行った記憶の方が鮮明だし、その回数も多かったと思う。

べたべたと甘やかすような祖父ではなかったけど、なんだろね。

なんか優しかった。


祖父との思い出は多いけど、その分、祖母との思い出があまりないことに気付いたのは最近。

じいさんみたく、コンスタントに一緒にいた記憶がないのもあるし、家に行っても、大抵は台所でご飯作ってたし。

その点、じいさんはいつもテレビのある部屋にいて、冬はこたつで相撲中継を見ながら迎えてくれた。

私ら姉弟は、着くと真っ先にこたつに入っていたからなぁ。

 

不思議なもんだ。

両親だと、母親といる時間の方がはるかに長いのに、祖父母だと、祖父の方が長く時間を過ごしていたのだから。

ばあさんも優しい人だったと思うけど、ひとつひとつの思い出が、なんとなく不鮮明で。

どんな人だったのかも、あまりよく知らない。

乳がん経験者だったり、若い頃、実は車の免許を取得していたなど、アクティブな人生を若い頃は送っていたらしいことは、祖母の葬儀の際に父から聞いた。

 

苦い記憶として残っているのは、幼稚園の時にホワイトデーとして友達にもらったはずのペンケースを、ばあさんが使っていたこと。

それを見たのは、もっと大きくなってからだと思う。

実際に、それが正しいのかは分からないけど、子どもなりに「もしかして・・・」と思ってしまった心。たとえそれが事実じゃなかったとしても、当時湧いていた思いは間違いない。

でも、何も言えなかった。

あと、泊まりに行きたかったのに、断られてガッカリして帰ったけど、傷ついた心を家で待っていた母親に知られたくなくて、誤魔化した記憶もある。

 

ばあさんとの記憶なんて、こんなもんだ。なんでこんなに複雑なんだろう。一緒にご飯に行った記憶もあるけど、でも、それくらいしか思い入れがない。おかしい。

 

その後、ばあさんは認知症になり間もなく施設に入り、じいさんは、私が県外に住んでいた頃に亡くなった。

じいさんは、家で死ねた人なのだ。

もちろん身体は弱ってたし、ご飯の用意とかは私の親がやっていたけど、それでも死ぬまで家にいられた人。

なかなか珍しいと思う。私の自慢でもあるのだ。

 

私が一人で新幹線に乗った初の経験は、この時の葬儀だった。