時にひきこもる思考

考察とnikki 一言で言えば、ただのエッセイ

ペルソナ・デイ

1日、誰もいない週末ができたので、一人静かにDVDを鑑賞しようと企て。

借りてきたのが「ペルソナ3 THE MOVIE」。
アニメ映画です。

しかも、これいつだ?10年以上前のやつ。

このペルソナというシリーズは、ゲームが原作。
それが、こうしてアニメになったり映画になったりしてました。

私はかつて家で無職を堪能してた数年の間、このペルソナ3のゲームを動画で見てました。
ええ、ハードがなかったものですから。

当時はまだまだゲームに興味が薄く、ゲームは卒業したからやらない。

でも動画として見るのはOKという謎の縛りを作っており、まあ時間だけは湯水のようにあったので、人がプレイしていたデータを見てたのです。

どっちが先だかは分からないけど、映画になったからゲームを見たのか。
ゲームを見たから映画を知ったのかは不明。

ですが映画になっていると知って、いつかは見てみたいと思っていたソフトです。

で、数年の時を経て、ようやくやっと。
見ることができました。

DVDは4まであって、どれも90分を超えるので単純な話360分。
6時間ですね。ぶっ続けで見ました。

でも、やっぱり時間をおいて見るものではないと思うので、一気に。

ペルソナ3

こういうやつです
(「ペルソナ3 THE MOVIE#4」DVDより)

これを書いている今、泣きすぎて目がしょぼついて仕方がない。

なんでしょうね。
なんか、懐かしさと。それぞれの思いと。

結末を知っているからこその、そこへとたどり着くまでの道のり。
それを6時間にわたって見せられるという。

 

でも、おもしろかったです。
じゃないと、6時間も観れませんて。

何が面白かったのかって言われても困るけど。

それぞれの抱えている何かに触れると、自分の中にもある心当たりがざわついて。
これを共感と呼ぶのだろう。

ペルソナというのは誰もが己の中に持っているもので、あのメンバー、いわゆる影時間に適応できる人が使える特別な戦える力という訳なんだけど。

映画では、この影時間が存在するからこそ、自分は特別でいられる。
充実できている。

それは、普段の生活では得られなかったものだという認識が強くあり、だからこそ主人公でさえも葛藤するのです。
終わらせてしまうのが、惜しいと。

そうだよね、夢の時間ってのは、いつだって終わりにしたくないもの。
続いてほしい。でも続かないことも分かってる。

正直、この主人公は色々あって感情反応が薄いので共感するタイプの主人公ではないけれど、やけにそこがうっとおしく描かれてたなとは思います。

感情は薄くても、でもやっぱり思いとして存在しているからこそ、終わらせることを
ためらうんだなと。

それはつまり、今をかけがえのないものだと感じてるってことですよね。

そういうところ、主人公の心の変化を読み取れてよかったです。
熱血でも、正義感に燃えているわけでもない無感情な主人公。クールです。

 

失うのが怖いからこそ、最初から近づかない。
人に近づくことを恐れてしまう。

先のことを考えすぎてしまうんですよね。

怖いからこそ、だからこの絆を大事にしたいと思う人。
でもその先を見れば、いつかは人は一人になるから、一人でいたい人。

後者は先の先まで見通しすぎなんですよ。
私もそっち派なので、このテーマはなかなか。

おそらくゲームではここまでの描かれ方はなかったので、映画として表現したかったテーマなのでしょう。

元々ゲームでは、それぞれの人たち(クラスメイトや町の人々)との関わりを通じて主人公が成長していく物語でもあるので、まあ仲間内だけで描こうとなると、ちょっと味がしつこくなりすぎるけれど。

戦闘も、最初と違ってみんな生身で動くことに慣れたのか、最後の方は動きまくってていいです。

でも、個人的にグッときたシーンとかセリフが無かったのは残念でした。

なんにせよ、充実した1日でした。