図書館でちょっと目についた、こんな本を読んでみた。
川嶋朗氏の「難病に挑むエネルギー療法」。
エネルギー療法、いってみれば補完代替医療のことらしいです。
ちなみに、こんな本を手に取ったからといって、別に難病に悩まされているわけではない。
まあ、こういった医療があることは知ってはいたけど、日本では教育システム、そして規制というものがないため、言ってみれば無法地帯という名のグレーゾーンになっているのがよく分かりました。
それでも医者から匙を投げられた末期がん患者らが、最後の手段として手を伸ばす。
がん患者の半数以上が、こうやって医者から見捨てられた人たちなのだそうです。
正直、効果の保証がされている訳でもない医療ですので、それを信じるかどうかは本人次第ということでしょう。
でも歴史だけは十分にある。
この長い歴史を信ずるか、できたばかりの医療を信ずるかは、それは人次第。
だから自己責任なのです。
当然ながら、詐欺も横行しています。
でも、この本の大事なところはそこではない。
医療としての在り方、本当に患者に寄り添った医療とは何かを著者は考えておられる。
そりゃ、確かに作中では「この人は医者であることを振りかざして、ちょっと強引なことをやってるな」と非難したくもなる部分もありましたよ。
それでも我慢して最後まで読んで、ただただ患者を救いたい一心なのだと分かりました。
内容に関しては、ここでは割愛。
ただ色んな選択肢を持っておく、騙されないよう知識を入れておくというのは大事かと思います。
でも、そんなことは今はどうでもいい。
横に置いておこう。
まず、日本人の「医者に全てお任せ医療」というスタンスに著者は疑問を持ってます。
そういうスタンスで常に不安を抱えているからこそ、病気が中心の生活になって、マイナス思考で自律神経のバランスを崩させるのだと。
自律神経のバランスの崩れは、免疫力を低下させることに繋がるので、結果的に病気を発症させてしまう。
だからこそ、お任せ医療ではいけないと主張している。
筆者は病気について、真剣に自分に問いかけるよう言っている。
ガンといった病気は、外からやってくるのでなく内側から生まれるものだからこそ、ちゃんと自分で病気の原因に気付くことが大事であると。
補完医療は、当然ながらエビデンスの無い、結果的に第三者(国など)から保障されている医療ではありません。
だからこそ、自分でその責任を負うことが必要だと、強く主張している。
それはつまり、自分の選択に対して納得できるかどうか。
というか、そんなこと関係なくとも、そもそも自分の身体のことだから、自分で選んで責任を取って生きるのは、よく考えたら当たり前のことなんですけどね。
これからの医療の在り方についても最後に述べております。
患者が最も納得できる治療とは。
患者の意思を第一にした統合医療。その提供。
本人の希望で一切の手術を受けずに案の定、早くに亡くなってしまった患者に対して、医者である立場から見たら納得のできない最期ではあったけど、本人が全く後悔していないと知った時、死に方を本人が選んだのだから、これもひとつの統合医療の在り方だと実感されたそう。
関係ないけど、とあるニュースで10代の若い子が病気になり、医者としては治療をして死なせないことが第一だし使命だと思うから治療を積極的に行うけど、肝心の患者が納得していない。
突然の病、そして有無を言わせぬ治療に、どうしていいか自分を見失っていた。
医者が「もっと患者に向き合うべきだったのでは?」と自らに問いかけるような文章を見たけど。
まったくもって、その通りだと思いました。
確かに医者は、医療を提供するのが仕事だし使命です。
そこはまぎれもなく。
でも突然の病に対して戸惑い、どうしていいか困惑している患者の気持ちにも寄り添ってもらいたい。
そう思うのは、贅沢なことですか?
患者本人が、自分の身体、病気、人生を考えた上で、最も最善なやり方で生き切るのを手伝うのが、医療なのではないですか。
この本のそういった問いかけに、私は感動しました。
もちろん、そこには患者本人の責任というものも出てきますけどね。
でも、生きるのにだって常に責任が伴うのです。
医者の勧める治療に賛同して、それを選択することにも責任は伴いますからね。
とにかく、健康な方はエネルギー療法云々は飛ばしてでもいいから、最初と最後は読んでもらいたい、そんな本でした。
いやー、熱かった。その熱さに共感して泣けたわ、泣けた。
『難病に挑むエネルギー療法』川嶋 朗