時にひきこもる思考

考察とnikki 一言で言えば、ただのエッセイ

その資格、本当に必要ですか?

私の進め方を叔母に進言してみた。

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↑のようなやり方で、とにかく淡々と作業のように進めて行ったらいいのでは、と。
問題を進めている内に全体像が見えるだろうから、今の段階で、部分部分に深く掘り下げるのはやめた方がいい、と。
それは、職場で今回叔母に受験についてアドバイスをくれた方と、おおむね同意見らしい。

違うことがあるとすれば、ノートには一切書かなくてもよい、とのこと。
頭だけでできる人ならば、それでもいいと思う。おそらく、いくつもの勉強を重ねてきた経験値もあるだろうから。頭が勉強慣れしてるのだろう。そんな人の勉強法を参考にするのはどうかと思うけど。
まあ、たしかに最終的に5周も6周もするのなら、知識ゼロの状態の内に書き出す必要はないのかもしれない。ポイントさえ把握できていないだろうから。

英単語の覚え方もも、中学1年で初めて習った時には、らくがき帳に100回くらい死ぬほど「plane」と書いたが、それでもなかなか頭に定着しなかった。風呂の中で泣いたわ。しかし時は流れて中学も3年生になる頃には、紙に書かなくとも指で掌に数回単語をなぞるだけで覚えられた。
それは、英語という言語に親しんできたおかげで経験値も積み重なり、結果、楽だけど効率のいいやり方を学習したおかげだろう。
特に資格の受験勉強なんて、ある程度型というものがあるはずだから、いくつも挑戦してきた人には、楽で効率のいいやり方というものを学習できている、と見るのが妥当。
それを、ド素人がいきなり真似て大丈夫かは不明。
受験に特化しすぎて、何より新しいことを学ぶという高揚感がなくないですか?
達成できればそれでいいですか、はあ、そうですか。そういう人もいますよネ。

まあ、やり方は選んでくれていいけど、問題は叔母にそんな勉強に割く余裕があるのかっていうことだ。
年齢も50、朝から働き、夜は家で介護。食事は母が作りに行っているから料理の手間はないが、それ以外は一人では何もできない祖母の介助を寝るまでやらなければならない生活。
自分の入浴や食事は、祖母が寝てからの深夜になってしまう現状にて、はたして15分と言えど、勉強する気力があるのかっていうこと。
時間は取れるだろう。1日の内、無駄にネットニュースを見ている時間くらいはあるのだろうから、それを勉強に置き換えれば済む話だ。
しかし、介護の隙間時間、やっと寝てくれたその時間に、勉強なんてしたいですか?
ましてや、強制でもない受験のために、そこまでしてやりたいですか?

目的、目標がしっかりあるなら、それでいいけど。
「今日も疲れ切っていて、できなかった~」
「風呂に入ることすら億劫でできない」
「平日はデスクワーク、土日は肉体労働だ」とメールしてくる状態で、勉強なんてしてる場合ですか?と問いたい。
恐らく、取得できれば少しだけ給料が上がるのでしょうが、それって今必要なことなんですか?勉強しつつ、人間生活も維持できますか?
叔母の考えが、よく分からない。

そんなことを聞くと、
「育児しながらでも頑張ってる人はいるし」などと言い出す。
頑張りすぎていることを、自分では自覚できないんですかねぇ?
「勉強の進め方を教えて」と言われたからアドバイスしてみたものの、そんな状態の叔母を見て正直、勉強頑張れ、なんて言いたくないわ。