時にひきこもる思考

一言で言えば、ただのエッセイ

壊れかけのRadioを全力で歌う

誰かと行くカラオケは好きだけど、一人で行くカラオケもまた好きで。

一人では、特定の歌手さんの曲だけを延々と歌えたり、その自由さが気に入っている。

カラオケの魅力ってなんだろうって、以前考えてた。

その時は徳永さんをよく聴いてたから、歌詞とか覚えてないけど、なんとなくメロディーは頭に入ってるからと。
「壊れかけのRadio」を歌ってみたんだけど。

全力で歌ったら結構気持ちがよかったんですね。

いや、オリジナルはしっぽりと歌うのが正解なんだろうけど、それをあえて、全力で歌うっていう。

その後も、なんだかんだ全力で「つばさをください」とかも歌ったんだけど。
(それもカバーされてる)

すごくよかった。

なんだかんだ、誰かと一緒にいる時って、自分の中の全力ってのは出せなくて。

やっぱりどこか、「変に思われるかも」って他者を意識した目線があるから、比較的大人しく歌うんだけど。

いえ、一人の時でさえ、隣の室の人から「めっちゃ変に大声で歌ってる」って思われるってこともあるよなーって、なんだかんだ気を遣うじゃないですか。

上手いわけではないから。
できれば、あんまり聴いてほしくないし。

だけど、壊れかけのRadioを全力で歌ってから、なんか限界を超えたというか。

ああ、これこそ歌を歌ってる感じ!って感覚になって、カラオケの楽しさを改めて感じました。

カラオケの楽しさって、好きな曲を歌う、一緒に盛り上がるってのもあるけど、普段出せない自分を出せるってのも、あると思うんですよ。

職場では、こういう風に振舞わなきゃいけない。
女だから~、男だから~、上司だから~、親だから~とか、いろいろ。

自分らしさを出さないといけなかったり。
(ここでの「らしさ」とは、みんなが思ってる○○さん「らしさ」みたいなもの。キャラみたいな)

そういうのって、たとえ一人だけの時でさえ、そこが「社会」である時は発揮されてしまうもので。

私は昔から歌を歌うのが好きだから、これまでも楽しかったけど、なんかもう「丁寧に歌おう」だとか。

その歌手っぽく歌おうだとか、そういうのを超えたあたりで、「本当の歌の楽しさ」を感じた気がした。

この前の、中学生男子のカラオケって、そこがあるから、微笑ましく感じたんだきっと。

全力で声を出すことが、楽しい。

私が野球の応援が楽しかったっていうのは、きっと根底が同じなんだと思う。
知らない自分をそこに見出すというか。

自分の枠をぶっ壊す。

カラオケには、そういう効果がある。
素敵な場所なんですねー