前回のつづき
長崎の資料館は、文字通り「原爆」資料館でした。
そんな資料館と追悼祈念館を出たのは、時刻も12時。
昨日の夜から何も食べてない身にとっては、びっくりするくらいの空腹。
何かないかなとマップを調べた結果、中華のお店が近くにあることをチェック。
さっそく、向かってみることに。

12時の段階でテーブルにも余裕があったので、すぐに入れました。
(口コミ見たら、ここはお昼時、めちゃ混みらしいからラッキー!)
ここで「ちゃんぽん麺」を注文。
ほぼほぼ同時のタイミングで注文した両隣のテーブルさんにも、同じタイミングで料理が来ました。

野菜がなかなかのボリューム。
まともな食事をした気分です。
実際、ちゃんぽんとは、貧乏留学生のために作った野菜がたっぷりとれる栄養満点の料理らしい。
強い主張のないスープと、太めの麺。
空腹だったので、ササっと食べきりました。
(でも、小食の人には多いかもしれない)
たくさん食べた後は、平和公園巡りを少々。
寒かったせいもあり、人気があんまりなかったかも。
実際に爆心地となったグラウンド・ゼロも。

この近くには、旧浦上天主堂の柱が移されて置かれてました。

付近には、当時の地層をそのまま保存してある箇所もあります。

ここから少し行くと、平和祈念像のある公園にたどり着きます。

ここも修学旅行で訪れた際には、平和記念像の前で集合写真を撮ったものです。
この日は人も少なく、みんな遠慮がちに写真を撮ってましたね。

ちなみに、後ろには文字が刻まれてます。

公園のこの付近には、当時の跡地が今も保存されてますので要チェック。

ここは当時、浦上の刑務所があった場所だそう。
今となっては、残ってるのは塀の根元の部分だけ。
多くの方が亡くなりました。
建て替えられた浦上天主堂にも歩いていけるとのことで、行ってみます。
その途中、「永井博士」という有名なお医者さんの記念館もあったので、寄ってみた。

この方は放射線技師として貢献し、原爆によって奥さんを失くし、その後も医者として救助活動を行った方らしい。
ただ、放射線を扱っていたこともあって、若くして白血病に侵され、亡くなられたそうな。
長崎の偉大な医者といえばこの人!みたいな印象ですが、私はどっちかっていうと、「秋月辰一郎先生」の方が印象深いです。
アニメーションにもなった先生だし、救助活動に尽力されたお医者さんです。
その割には資料館においても、あんまり紹介がなかったですが。
そして、歩いて浦上天主堂の方へ。
ここは、資料館でもレプリカを飾っているくらい有名な被爆建物で、爆心地から500メートルの距離で被爆して倒壊した教会です。

ここの像、確か原爆資料館でも飾ってありましたね。

今の教会は立て直しされてますが、ここの近くには、爆弾によってぶっ飛ばされた「鐘」がそのまま残されております。

こうやって、あちこちに当時の跡を残しているみたいですね。
今回はあまり時間がなかったけれど、1つずつじっくり回るのもいいかと思います。
つづく