時にひきこもる思考

一言で言えば、ただのエッセイ

ファン心理を考える

ファンクラブに入ってても、チケットさえまともに取れない。

なんでそこまでして、タイガースを応援するのか。

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地元だからってのは、とても分かる。
なら関西に住んでいるのなら、大阪のバファローズに乗り換えてはどうか。

そんな簡単に心変わりできるなら苦労しまい。

以前も考えてみたけど、なんでこんなにファンは興奮するんだろうね。

全力で喜び、全力で悔しがる。
日常を生きてて、こんなに感情あらわにすることなんてある?ってくらい。
球場は非日常的。

野球好きな人って、割と喜怒哀楽がはっきりしてるから、見てて好きなんだ。
アスリートをカッコいいと思うのも、努力した末に報われたり、ダメだった時に悔しがったり。

そういう分かりやすい姿がウケるんじゃないだろうかと。

でもさ、そのために、ものすごい労力を割いてるわけじゃない。
チケット取るのに6時間とかかけてさ。

お金もかかるし、休みも取らんといかんし。
時間も何もかもを使う。

なんでそこまでしてファンをやってるのって、外野からは不思議に思ったりするんだきっと。

で、私自身も何が自分をそうさせてるのかってことを考えたことがあって。

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そこには「家族を愛する気持ち」があるんじゃないかって、自分は結論づけたけど。

つまりは、自分と他人の境界線が曖昧で、家族ってのは自分に最も近い存在なんじゃないかってこと。
だから、特別に思い入れを持ちやすいんじゃないかって。

例えばさ、親戚に小学生の女の子がいるとして。

今は女の子の間でシールブームだから、両親はもちろんのこと、親戚までもが目の色を変えて手に入れようとしてるわけでしょ。
で、ネットを見てても、自分が欲しいわけでもなく親戚の子にあげるために奔走してる叔母さん、叔父さんがいるわけで。
(職場にも、姉に頼まれたっていう20代の男性がいた)

で、買えたとするじゃない。あげるために。
でも、買えたシールを近所の知らない子にあげたっていいわけなのに、どうして親戚の子にあげるのか。

どちらも自分以外の他人なのに、近所の知らない子と、親戚の子ってだけでどうしてこうも思い入れが違うんだろう。

そう考えた時、やっぱり「家族」というのが基準なんですよ。
その次に、友達の子とか、その範囲は広がっていくけど。

だから、ひいきの球団を応援するってのも、自分にとっての家族の範囲に含まれてるせいだと思った。

例えば、最初は何の思い入れもない親戚の子でも、無理やり連れていかれた運動会で写真を撮ったりしてるうちに、思い入れが出てしまうんだ。
気づいたら、その子を応援してる。

その子のために、時間もお金も労力も使うようになる。
選手やタレントだって同じだと思う。

しばらく見てるうちに、応援すべき親戚の子として認知してしまう。
ファン心理ってのは、なんかそういうところにあるのかしら、と。

でもすごいよね、それだけで何十万もお金をつぎこめるんだから。

だけど冷静に考えてみて。

誰しもが自分の家族に何十万どころか何百万、何千万とかけられるんだよ。
家族ってだけで、他人であることに変わりないのに。

だから別におなしなことはないって思えてくるくらい、自分もおかしくなっているのかもしれない。