時にひきこもる思考

考察とnikki 一言で言えば、ただのエッセイ

仕組まれたプログラム③~両親との関係から生まれる思い込み

これは、聞いた話になるけど、まとめておこう。

そうしたプログラムは、主に母の身体に宿った際、そして生まれてから幼少期までの間に作られるという。

母のお腹にいる間は、母子ともに、身体もそうだし栄養とか、あと感情も共有しているのだと聞く。だからこそ、お腹の子にいい影響を与えるような食事だったり、安定した精神でいることが母にとって一番の仕事というか、大事なことなんだろう。

もちろん、母にとっても、その時期は大変な時期でもあるだろうけど。

 

そして生まれた後も。

周りの人間の、ちょっとしたことが、子どもの心に刺さって、それが子供にとってのプログラム、思い込みにつながってしまう。

虐待とか、そんな具体的なことじゃなくても、子の心には大きな影響をもたらしてしまうのだ。

それが今の自分の苦しみを作り出している。

私の場合、人間関係は苦手だという思い込みを持っている。

これだって、そうなった原因やきっかけがあって、ずっとそれに縛られているからこそ、大人になった今の私も、人間関係は苦手だよね、と思い込んでいる。

でも、確かにそういう面はあるけれど、そうじゃないことも薄々分かってはいる。

事実、この前も、はじめましての友人の夫とも、多少のぎこちなさはあっても、普通にコミュニケーションが取れていたと思うし、あまり話したことのない別部署の方とも、会話が弾んだ。

初めて会った人に話しかけることもある。

私が、人間関係を苦手だと思っているのは、本当にただの思い込みなのかもしれない。

あるいは、もっと込み入った関係が苦手な可能性もある。

いずれにせよ、なにかしらのきっかけはあるに違いない。

そして、大抵そういったことは、両親との関係から生まれてくる。

ただ、幼少期の記憶なんて、普通あります?

幼稚園の記憶ならギリギリあるけど、日常の、家の記憶なんて、残ってます?

2歳下の弟が生まれた記憶すら残ってないのに。それくらいのビッグイベントさえ記憶していなのだから、日常の記憶なんて無くても不思議ではない。

当時は、どんな風な両親だったろうか。

何か理不尽な思いはしてなかったろうか。アルバムに残っている写真には、いつも楽し気に笑う自分しか映っていない。

 

瞑想の中で、親を目の前に連れてきてみても、大人の私が「お母さんは悪くない」としか言えなかった。

親を責めることに、抵抗がある。

それはさ、今の私が、あの人は決してまちがったことをしていないから、責めるなんておかしいと思っているから。

悪いのは、自分。

こんな風になったのも、自立ができていないのも、独身のままなのも、引きこもって迷惑かけまくったのも、無視しまくるのも、怒るのも、全て私が悪いのだ。

あの人は一切、悪くなどない。

普通に考えたら、そうなんだけどね。そうやって自分を責めておいたら、親を責めなくて済むからね。

やっぱり、子として、そういうことは受け入れたくないじゃん。

親の悪いところ、悲しんでいるところなんて、見たくないじゃないか。

 

でも、ここはそういった大人の理性は置いといて、本当の気持ちを考えてみよう。

私が親に対して抱いている不満は?

殺してやりたいくらい、怒りを覚えたことはあった?

今でも許していない出来事は?

 

・・・ないことはない。

 

確かに、幼少期の事は記憶がない。

でも、私が親について、すごく怒りを感じたことは、数年前にあった。

20代半ばの引きこもり中に、親が本屋さんのアルバイトの求人をもってきた。

無性に腹が立って、それをスパッとたたきつけて「本に関する仕事は二度と持ってくるな!!」と怒鳴りつけた。

他にも、ちょっとむしゃくしゃして夜に家を飛びだし、その後帰っても怒りがおさまらず、家で大暴れをしたこと。懐に裁ちばさみをもっていて、いざとなったらそれを出して大暴れする予定だったこととか。

探せば他にも出てくるだろう。

私の一番の反抗期が、その時期だった。

なんというか、しばらく無職期間があって、それを吹っ切るために受けた面接に落ちて、でもそれを認められなくてジュクジュクした傷を放置していた時で、また仕事の話を持ってくる親が、随分無神経というか、傷を抉ってくる感じがして、腹が立ったのよね。

真面目な私のイメージを捨てたくて、その時、大量の本を見せつけるかのように捨てた。
いい加減、私が本好きな優等生な自分のイメージから逃れたかった。

ちょうど、まさに反抗期と同じだったのだと思う。

これまでの自分と脱却したいというか。

今まで私なりにやってきたことの結果が、無職の引きこもりという現実だったから、
もう全て捨ててしまいたかった。なのに母ときたら、いつまでも私の従来のイメージを引っ張ってくるのだから。認められない傷と相まって、怒りが酷かった。

 

こんな怒りが、まだまだ隠れている。いつまでやっても消えない。まだ足りないらしい。

だから、幸せになってやらない。

アンタ等を幸せにしてやるものか。

まだ、そんな気持ちは変わらない。ということは、やっぱり怒っているんだろうな、親に対して。

 

ちなみに、当時の面接官らは、私に妄想の中でつい最近私刑にした。

これで、ようやくあの時の無念は吹っ切れただろうか。