現金給付、くれるもんなら、もらいたいですわな。
毎月、くれるもんならな!!
一生、定期的に持続された支援をくれるなら、それは支援というやつだね。
でもそれ、1回だけだったら許さないよ。
くれるなら、毎月くれ。
こういう話になると、私は中学校の時のことを思い出すのです。
修学旅行の夜。
部屋を暗くして、寝る人は寝て。
テレビをつけてた。
貧しい国の女の子で、お父さんが殺されてしまって、幼い兄弟のためにゴミを集めて売ってる10歳くらいの子を紹介するドキュメンタリー。
こういうのを見て、誰かが言った。
なんで番組で取材に来てる人は助けないのかって。
テレビカメラもって、ただ追っかけてるだけ。
その子に対して、カメラを向けるだけじゃなくてご飯をごちそうしてあげたらいいのにって。
私は心の中で、それを一生やれるならいいけど、今しかできないのに、それをやるのは残酷だよと思ってた。
(出演料くらいは、払ってたかもだが)
一時の支援なんて、子供のためじゃない。
たとえ今日はおなかが満たされても、明日も明後日も、生きていかなきゃならない。
そこに来た人が、その時だけの気分でご飯をごちそうしても、なんの意味もないのだと。
思ったけど、言わなかった。
そうやって一時的に支援をする人は、支援がしたいんじゃない。
自分が満たされたいからだと。
やってあげたという気持ちを、自分で得たいからなんだとね。
相当にドライな思春期を送ってたのが分かる。
14歳でした。
(そんな14歳が、今はこんなバカになってバカやってるよ、、)
もちろん一生くらい、毎日ごちそうしてくれるなら、それは支援になるよ。
その子にとっては。
でも、それじゃ何も根本的には変わらない。
貧しくて働いてる子供なんて、それこそ山のようにいるんだから。
うん、だから。
お金配って、それで支援、経済を少しでもよくしたいと考えがあるなら。
毎月必ずください。
みんな、毎日ご飯を食べて生きてるんで。
そして毎月くれたら、もらう人の考え方もちょっとずつ変わってくるよ。
来月もくれるから、なんか買おうかなとか、いいもの食べようかなとか。
月一くらいは外食しようかなとか。
何かが変わってくるから。
それを全国民がやったら、きっと変わるでしょう。
私も、2か月に一度はちゃんとした新品の服を買いますからね。