最近、世の中は「喜ばせたものにお金が入る仕組み」という観点を誰かから聞いて、自分の中でもしっくり来たのでお話しします。
なんで、お金って手に入るんでしょうか。
考えたこと、ありますかね?
とある友人は、「嫌なことをした報酬としてお金がもらえる」という先輩からの言葉に納得して、おそらく今もその価値観の中、働いています。
もちろん、そういう考えが全くもって間違ってるとかなんて言えないけど、それだと、じゃあ芸能人は嫌なことをしている報酬として莫大なギャランティをもらっているのか、と言われると。
なんか疑問が残ります。
でも「誰かを喜ばせた報酬」としてもらえるのだと考えれば、意外としっくりくるなと。
芸能人でなくとも。
例えば大手企業だったら中小より規模が大きく、商品にせよサービスにせよ、多くの人に利用される。
だからこそ、そこに勤めている方にはそれなりの報酬(まあ給料ですけど)が入ったりする。
悲しいけれど、例えば介護や保育、販売といった目の前の人に対するサービス業で給料が低いのは、別に簡単だからとか専門知識がいらないからという理由ではないですよ。
単純に、相手できるお客さんの数が限られるからなんですね。
一人の顧客に対して手厚いサービスをするというビジネス構想は、相手がたくさんお金を持っていればいいけど、そうもいかない場合なかなか給料が上がらなかったりするのだと勝手に妄想します。
芸能人はどうでしょうか。
電波に乗せて、多くの人々に癒しやら隠れた欲求を満たすサービスを提供している。
これはもう間違いなく多数に人に向けて、しかも欲しい人にはピンポイントにサービスを提供しているので(CDやグッズなど)、そりゃあ強いですよ。
対人サービスが1対1なのに対して、芸能人は1対多数ですからね。
しかもこれがネットに繋がった動画だった場合、どうでしょう。
世界中ですよ。1対世界。
そりゃあ、動画出してる人に多くのお金が集まってくるのって当然だと思いません?
もちろん動画を出してても、ほぼほぼ1対1に近い場合はお金は集まりません。

そうやって考えると、嫌なことをやった報酬としてお金をもらえるという考え方って、
結構的外れだったりするような気がする。
というか、狭い視点なんですよね。
自分の見えている視点だけで考えたら確かにそうかもしれないけど、もっと広い視野で物事を見る。
例えば経営者とか、それくらいの位置から見てみると、どんな仕事も完全なるサービス提供。
役割を細分化するからこそ分かりにくい部分はあるけれど、会社ってのは大きな1個の塊で相当数の人々の喜ばせを提供してるってことになる。
まあ従業員は、そのための一部のネジでしかないんですけど。
そういう視点があれば、また何かモチベーションが変わるかもしれないね。
でも私はそういう視点一つで自分の心が軽くなったり情熱が湧いて来たりはしないので、相当向いてないか、個人的な問題が潜んでいるかの何かしらがあるものと思います。
だって今の状況、めっちゃストレスでストレスで、身体も精神も相当落ち込んでるんですもん・・