さくらももこ展にゆく(高松市美術館にて)

さくらももこのファンであった。

亡くなられた時は、もうエッセイが読めなくなることを嘆いた。そして泣いた。

作品が読めなくなることを残念がるなんて、さくらももこも作家として幸せだろうと、でもやっぱりさみしい。

亡くなられたのはガンでした。
亡くなる以前にも一度ガンになり、その後は回復されたけど。

それ以降、健康にもすごく気を遣っていたみたいだけれど、やはり、そういうのが原因ではなかったのでしょうね。

今回、さくらももこ展がどういうわけか香川県高松市で開催されると夏に知っていたので、休みを使って参った。

エッセイで、自分が死んだら遺作フェアをやると自分の死後の話を持ち出してきたのが、こんな形で現実になるとは・・

とりあえず、都会ではなく小さな四国から始まったこの遺作展に、私はひっそりと足を運んだ。

さくらももこ展

どういうわけか、ここから始まる

会場は高松市美術館といって、高松駅からも近い場所。
15分くらいで歩いて行けます。道もほぼまっすぐ。

高松駅は四国の入り口なのでアクセスもよい。

始まってすぐ、さくらももこの息子さんが出したコメントがあって、一人感慨深い気持ちになる。

そうか、あの小さかった息子さんも、もう立派な成人になったんでしたね。。

展示は、まあ原画がメインなので変な派手さもなく、休日なのに客も少なかったので静かにじっくりと見て回れる。

私は漫画を文庫版の小さい奴でしか読んだことがないため、今回原画を初めて目にして、当たり前だけど、思いのほか大きかったことに初めて気づく。

意外と線もくっきりしてて、サインペンの細いやつ?みたいな感じで、緩やかに描かれていた。

ちびまる子の漫画の好きなところの1つに、背景の表現がある。

他の漫画ではまあ、出てこないような謎の表現・演出が呑気な日常にちょっとした毒味を加えている。

こういう演出、90年代のセル画アニメでも目立つのだ。
アニメでは謎の歌の演出がちょくちょく入るので、インド映画のスピリットすら感じる。

よくよくみたら、すごく丁寧に描かれていたり。

あと、カラーの表紙とかのセンスも素敵。
何でこれを思いついたのかっていうくらい、抽象的な絵を描かれる。

そう、さくらももこは、ちょっと独特な作家なのだ。

さくらももこ展

展示の一部(一部のみ、撮影可能)

前半はちびまる子、後半は他作品の原画が並ぶ。

ここらへんからも、ちょっと独特の感性をしていることがうかがえる。
正直、さくらももこを漫画家という括りにしていいのか、ちょっと悩ましい。

個人的にはエッセイも好きで、今でもたまに読む。
あの人の日常も、ちょっと愉快なのだ。

最後、ちょっとした撮影OKコーナーがあって、記念に撮影しているとさっきまでそこに座っていたスタッフの女性(50代)が、「ここに荷物を置いてください」と、椅子に置くよう促してきた。

いや、そんなのどこにも書いてないし、お前がさっきまで座ってた椅子だよなぁとちょっと毒づいた。

さくらももこ展

小さなフレームが、まるで思い出の如く

さて。

そんな展示の最後にはグッズの購買コーナーがあり、どういうわけか、この使い道がなさそうなキープレートを買ってしまった。
まあ、記念だし。

キープレート

これは、なんのシーンでしょうか?

もっと可愛い柄もあったけど、一番シュールな奴をチョイスしてしまった。

私の前にレジに並んでいた上品なおば様は、鞄やら何やらを3万円くらい買っていた。

いくらももこファンでもそこまでは出せないと、つばちゃんグッズに3万かけた私は思った。

個人的に、お気に入りのエッセイは「またたび」である。

 

ありがとう、さくら先生。
これからもエッセイ読むね。

ちびまる子ちゃん

ありがとう。