今の職場に働きに入り、1ヵ月が経過した。
様子を伺いに、上司が話しかけてきた。
「どんな感じ?」
「順調?」
正直、会話は得意ではない。
文字では雄弁だが、これを言葉として口から出すとなると、話は別である。
文字を書く時、私は頭をほとんど使わない。
しかし会話となると頭を必死で使う。
慣れないことには、ストレスを感じるものだ。
私は会話が好きではない。
いや、ある程度親しい人間との会話は積極的にしたい。
でも、そこまで親しくもない、他人同然の人間かつ別に仲良くなりたくもない人とは、ちょっと遠慮したい。
上司に話しかけられた時、頭を使って必死に受け答えをしている中で「早く話を切り上げてくれないかな・・」と心のどこかで思っていた。
上司はとてもいい人で、雑談好きで、しかもちょっとカッコイイんだけど。
素敵な人だと思う。(40半ば~50代の男性)
もちろん頭では目の前の会話に集中して、話すことをずっと意識していたけれど、
意識してない部分(おそらく潜在意識的な)は「早く終わってくれよ」と拒否感満載だ。
それが私。
そして、お隣のコミュニケーションが大層上手な方は、私と逆。
しばらく近くで見ていて分かったけど、あの人は、どうも会話が好きらしい。
というか、目の前の会話を続けようとしている。
引き延ばし、と言えば言葉は悪いが、でもそんな感じ。
この会話を楽しもう、もっと長く話を続けていたい、そういう思いがあるのだと思う。
私が今日、「早く話を切り上げてくれよ」なんて潜在意識で思ってたのと反対に、その方の潜在意識では「もっと会話を続けたいな」なんて思ってるのでしょう。
意識してるかは分からない。
だって潜在なんだもの。
私がコミュニケーション、会話が下手なのは、根本的にそういう意識があったからである。
そして、私以外の人だったら和やかに盛り上がるような方でも、私と話すとなると途端にだんまりになってしまうのは、私のそういう「話したくないな」というオーラを感じ取っているからかもしれない。
つまりは、私に非があったということだ。
会話が下手な人ってのは、ついぶつ切りにしてしまう。
相手が話したことに対して、それをうまくキャッチしてボールを投げ返すことができない。
キャッチしたままか、キャッチしそこねるか。。
なんとなく、防護壁を自分にまとっているような気がする。
別に会話をしたくない訳ではない。
ただ、うまく会話が続かないことをストレスに感じてしまうだけ。
そんな自分に自己嫌悪して、ますますお手軽に会話しようと思えなくなるだけ。
過去のそういった積み重ねが、今の自分を作ってしまっている。
会話好きな方からしたら、雑談は楽しいもの。
そうでない方からしたら、雑談は苦行。
このベクトルの違い、分かります?
楽しもうと思えるか、自分のことだけで精一杯なのか。
ちょっと、この話好きなお隣さんの元で観察し、どうすれば会話が楽しくなるのかを
勉強したいと思います。