食べ過ぎを正当化するのも考え方次第

マシュマロをチョコレートでコーティングしたお菓子に夢中になっている。

量の割に少々お値段はするが、なかなかビターなお菓子で味わい深い。

 

正直、最近はチョコレートを食べ過ぎている。

いつも、何かにつけてはチョコレートをかじってしまう。

しかも、食ってる感じ軽いわけだから、つい夢中になって口に入れていると、その30分後くらいから、お腹が張ってくる。満腹感が、時間差をやってくるのだ。

これがなかなか厄介で、だからいつも一通り食べた後で後悔するのだ。

困ったことに、食べている最中はお腹具合に気付くことがないらしい。

 

チョコレートやアイスばかり食べていて、正直、健康的にちょっと・・・と思うのだけれど、こうも思うのだ。今日のひらめき。

肉体があるからこそ楽しめるものも、この世にはあるんだ、と。

肉体があるからこそ、物を食べられる。食べてエネルギーにできる。なにより、味として美味しさを楽しめる。

肉体があるからこそ、歌を歌える、言葉を交わし合える。

 

人生というのは、死んだ後も続くと思っている。

肉体を持って生きた後、肉体のない人生がすぐに始まる。

これは言ってみれば、定年退職した後すぐに、別の雇用先で、別の雇用形態で働き始めるのと似ている。

全く勝手の違う職場、職種でとまどいつつも、それでも慣れてゆく。

もちろん、それまでの経験や人脈も生きてくる。でも、全く違う仕事を始めるのだ。

肉体を持って生きることが現役なら、肉体を失った後は定年後の人生。

第一線での仕事は終えたけど、それでも人生はまだ続くようなものだ。

 

そして、もしかしたら、肉体を失った定年後の人生の方が、長い場合もある。

肉体を持っている時期というのは、今しかない貴重な時期なのだ。

今しかできないこと、などとよく言うが、全くその通り。世の中は、肉体を持っている今しかできないことであふれている。

当然の話だ、肉体を持った人たちが作っている世界なのだから。

かけがえのない、貴重な時間を我々は過ごしているみたいよ。

 

そんな風に思えたら、少々健康に悪いものを食べまくっても、無駄遣いをしても、なんだか許せるような気がする。

ついでに言うと、病気すらも、肉体を持っているからこその特権。

肉体から去れば、病気になることもなくなる。

だからこそ、肉体の不具合=病気として、我々にあらゆることを教えてくれるのだ。

どれもこれも、今だからこそ経験できるもの、存分に楽しもうじゃないか。