知識の大切さが沁みる

ネットのニュースで、子どもを儲けるには、男性はトランクスの方がいいよーという記事があった。

知らなかった!という意見や、そんなの昔から言われている、などというコメントが目についた。

いずれにせよ、こうした知識というものが、何か特殊な知識のように思われている節でもあるのか、知っている人は知っているが、知らない人はまったく知らない、そんな格差を感じる。

 

これが例えば歴史やスポーツなどの知識なら、得手不得手があるし、それはあっていいと思うけれど。

一応、人も動物である以上、生殖行動を行うわけで。そうした知識含めて、人間の人体に対する知識って、最も身近なことだと思うのだけれど。

案外知らないものだ。

 

かくいう私も、知識はかなり偏っている。

世の中を斜めに見る知識や考え方はあっても、人体の知識にしてもお金の知識にしても、ついこの間までは高校生レベルだったのだから、偉そうなことは言えない。

知らない、興味がないというよりは、あまりにも身近過ぎて、それを知ることで身の程を知ってしまいそうで怖かった。

 

本当に恥ずかしい話、なぜ生理痛が起こるのか、そんなこと、20歳になるまで詳細を知らなかったし、考えたこともなかった。

ホルモンと言われても、いまいちピンと来ず。基礎体温を測る意味だとか、高温期だとか、とにかく諸々が分からなかった。

理解ができない。ネットで分かりやすく説明してくれているにも関わらず、まったく分からない。体内のことなんて、想像もつかない。

調べればすぐに分かる時代だからこそ、調べても身に付かなかった。

 

そんな状況をヤバいと感じ、最近は本を読んで知識を入れている。

こういう時、簡略化された分かりやすい説明よりは、ちゃんとした本の方が、逆に分かりやすかったりする。1から説明があり流れがよく分かるから、因果関係が把握しやすいのだと思う。

 

知ると意識が変わる。自分の生活を改めたいというほんのちょっぴりの意識の芽生えも、まさにそれだ。

知れば、他人の話にも興味が出てくる。

ここ2年ほど、叔母とのやりとりの最中にも、更年期だの閉経だの、向こうはいろいろと言ってくれていても、いまひとつ興味がないというか。流していた部分があったのだけど。


知れば、興味が出てくるし、私自身にも向き合える。

投げやりだった自分自身のことも、少しは労われるようになったのだろうか。

 

そのやりとりの中で知ったことなのだが、叔母は昔から何度も婦人科の先生のお世話になっているそうな。

手術の経験もある。全身で考えると、1回や2回ではない。

私自身、健康とは言えない生活を送っているものだから、何かと不安がつきまとう。今現代を生きている女なら、みんなそうかもしれない。

 

そんな叔母から、ここの先生はいいよと、教えてもらった。

とてもありがたい、心強い情報だ。すぐに世話になるつもりはないし、予定もなし、あまり薬などに頼りたくはないが、それでも何かが起きたときに、行く当てが全くないのとあるのとでは、大きな違いがあると思う。

そういう情報って、自分よりも当然、年上の人の方が詳しいはず。

しかし、身内であっても、なかなか言いにくいものだ。

かくいう私らも、ここ数年で、ようやくその手の話ができるようになった。

 

なんというか、この現代社会において、どうも、女は団結し辛い状況にあると思っている。

昔のことは、あくまで昔のことだから、そこにどんな意味があったかどうかなど分からない。

全ては想像でしかない。

ある研究によると、昔は生理の期間中は、別室に入ることで、労働から解放されていたという見方もあるそうな。

その集団の中で、女同士でつながり合い、知恵や経験を分かち合っていたという。

 

時は流れ、現代はそれぞれが、個別、一人で生きているようなもので。

そりゃ昔からおおっぴらにできる話ではなかったろうが、人同士のつながりも薄れた現代において、なかなか悩みを分かち合う機会ってのは、ないのでは?

それこそ、情報は自分で得ろ、自分のことは自分で面倒を見ろ、のような。

 

世の女は(男もだけど)、全てを自分一人で抱え込んで生きなきゃいけないみたいな雰囲気、私は嫌だ。

あー、この世の中の中で、自分のことは全て自分で考えて、把握して、責任もって生きなきゃいけないなんて、私には不安過ぎて無理なんだけど。。

 

だからこそ、つながりって大事なんです。

自分一人が考えて生きていけるほど、私は強くない!!

しかし、その手のつながりをうっとおしく感じ、一人の方へ進んでいってしまうことが問題なのよねぇ。