仕事以外ではいけないか

世の中の生き方で、仕事、お金を稼げる能力だけが、その人が生きている価値、というのは。
もう限界なのではないかと思う。

 

確かに、世の中の役に立つことをすることは、自分自身の評価、そして肯定にもつながっていくけれど。

その評価や肯定が、仕事だけに限定されすぎているような気がする。

 

だから、仕事をしていない、できない、できなくなった、そういうときに、自分自身の価値を失ってしまうような気がする。

ひとつ仕事で失敗をしたり、退職となった時に、まるでこの世から見放されたみたいな、居場所を奪われたかのような、そんな風に捉えてしまう。そんな人、決して少なくないと思う。

 

鬱になるまでその仕事にしがみつくのも、それしか自分の生きる道がない、他がないと、そんな風に思い込んでいるせいもあるだろう。

視野が狭い。世界は広い。

 

その一方で、仕事をしている人は、仕事をしていない人に対しての感情が複雑だ。
特に、仕事をしていなくても生活していける人、補助をもらっている人に対する、憤りの感情。

そして、補助をもらうことへの罪悪感。

 

もう、世の中いっぱいいっぱいで、何か張りつめている空気すら漂ってないか?

世の中において「仕事こそがその人の生きる価値」、その見方をどこかで変えないと、
いつか崩壊するんじゃないかって、ちょっと怖くもある。

 

だって、世の中、仕事は無限にあるわけじゃない。

必ず、あぶれる。

そして、仕事ができない人も今後増える。

障害、高齢化、病。

 

全てが増加している中で、じゃあ、健康な人だけが働いて世の中に貢献し、そうでない人は、世の中にとっての荷物。働かない人間は、価値がない。

その考えだと、いつか人は価値がなくなるよ。

私も、あなたも。

価値があるまま死ぬのは、突然死のみ。

働き盛り、夢半ばで死んでいく者だけ。

それって、憧れること?

 

役に立たない、いや、昔は役に立った、そんな思いを抱えて死の直前まで生きていくのか。

 

個人的には、役に立つ貢献度が生きている価値・自分への肯定になるなら、別に貢献するのは仕事を通してだけでなくてもいいと思ってる。

そこにお金が発生しなくても、貢献できることはあるし、役に立つことが、必ずしもお金が発生するとは限らない。

 

むしろ直接役に立つこと、身近なライフラインこそ、お金は実は稼げない。

公共の物は、お金がほとんど発生しないように。

でも、公共のものほど万人の役立つものはない。

 

役に立つからこそ、国が支援する。皆が困らないように。

役に立たないモノは、国が支援しない一方、お金こそ稼げるが万人に必要とされるわけではない。

 

だから、本当に万人に必要とされてることって、お金にならないから軽んじられているって面があるよね。

でも、それを誰かがやってくれると、大変助かるし嬉しい。

そういうのって、世の中いっぱいあると思う。

 

世の中への貢献=お金を生み出すこと。

もう少し、改めてくれたらなと思っている。

 

貢献度だけで言えば、ボランティアってかなり高いし、必要とされているけど、お金にならない(日本の場合は)。

そのくせ、これいる?っていうくらいのモノ、商品を売っている方が、お金になる分偉いとされている気がする(私だけか?)。

 

世の中に開いた穴は結構あるはずなのに、本来開いていない所にあえて穴を開けて、お金を生み出しているみたい。これが、現代の経済社会って感じ。

 

何が言いたいかっていうと、仕事以外での貢献度がもっと広まるといい。

子どもを育てることが貢献度でもいいし、地域を支えるのも、街をきれいにするのも、
誰かの話相手になることも。

その中のひとつとして、仕事がある、くらいの世の中でいーんじゃないの?

 

これを実現させるには、最低限の生活保証が必要になるかもだけど。

でも、このままだといつまでたっても、お金を稼げる人が、お金を稼げない人を助ける構図が変わらないから、どっちも不幸に向かって進むだけだよ・・・