と、まあ。
前回友人の話から、色々とぶっこんだ話を書いてはみたけど。
自分はどうなのかって言いますと。
まあ、恋愛など色恋沙汰とは昔から無縁ですね。
興味が薄いってのが大部分を占めているけど、本音を言えば恐怖もありますね。
他人と違って、距離がどうしても近くなるじゃないですか。
そうすると絶対にぶつかるわけですよ。
むしろ、そうやって本音で付き合うことこそが夫婦であり、パートナーだとも思うんですね。
私はめちゃくちゃ臆病な上に感情的に激しい一面を持ってるので、正論を正面から叩きつけられたら、それはもう、とんでもないことになりそうで。
もう、顔を合わせるたびに感情がやられっぱなしになりそうで、身が持ちそうにありません。
互いに遠慮のない関係って憧れるけど、当然いいことばかりでもなく。
時には傷つけ、傷つけあう関係になるってこと。
そこらへん今どきの若者らしく、深い関係を築くことに臆病であるわけですよ。
女同士だと互いにわきまえているので、これは言っちゃいけないな、というのが分かりえます。
だからこそ、そこらへんはぼかしてコミュニケーション取れるんだけど、これが異性同士となると、なんか遠慮が無くなってしまうという「思い込み」があるんですよ。
だからこそ、怖いという感情が出てくる。
そんな感情を押してまで、誰かと一緒にいたいかって言われると。。
一人、安住の地に留まってたいよ。
あと、他人同士で同じ空間にずっといるのって、なんか嫌じゃありません?
安心できる方にお会いしたことがないってのもあるけど。
一人の空間、時間を明け渡したくない。
実はこの考え方は、私特有のものではなくて。
また別の友人が、「結婚はしたいけど、一緒に住むことはしたくない」と言っていた。
隣同士で住んで、土日だけ一緒に出掛けるくらいがちょうどよい、と。
要は、結婚しているという事実が欲しいってことですよね。
こういう子が、実はこの子以外にもいまして。
今はまだ少数派だけど、いずれはこういう考えを持った異性同士が、新たな結婚の価値観というか、あり方を更新しそうである。
あと、どうしても「家」が付いてくることも、窮屈で仕方がない。
思うんだけど、自由を目指して家を出る子どもたちが、結婚することでまた「家」に縛られるってどうなんだろう。
なんか矛盾を感じません?
いずれ帰ってくる、と気楽に構えるのなら、晩婚化は覚悟しておくべきです。
出ていくことすら、遅いのですから。
正直、女として嫁として他人の家に入って奴隷になりたくないです。
とにかく日々の生活と、休日の自由さ・楽さを失ってまで、誰かに出会うための努力もしたくないし、関係性を築く度胸もない。
傷つきやすいですからねぇ、私は。
結婚活動はそもそも、就職活動っぽさを感じずにはいられない。
そこのハードルの高さも、臆病な羊だちを遠ざけている気がする。
私は就職活動を途中で投げ出した女ですから。
かといって、男女が出会えば恋が芽生えるような初心な人間は10代までですから、両者が自立した今どきの人間は、正直、行きつく先がないと思っている。
それくらいには、自分にとってデメリットしか思いつかない。
では、結婚を捨てられない理由とはなにか。
単純に、まだギリで産める年齢であること。(体的に妊娠できるかは知らん)
あと、人生に1度くらいは一緒に住むというのを体験してみたい。
やはり、既婚者って肩書あると楽な気がする。(あくまで形だけ)
もし私が結婚活動のために外に出ていくとしたら、ネタ探しのためだと思います。
体験を書き綴るネタのためになら、一度は結婚して離婚くらいしてみてもいいかもしれない。